世の中殺伐としたニュースが連日流れてくる。報道の仕方に首をかしげる場合も多いと思うが、それにしてもひどいニュースがTVや新聞にあふれている。情報を遮断してしまえば良いと言う事でもないが、遮断したくなる。
先日高島平周辺の「過去・現在・未来」について、お客様から質問を受けた。実際私の知っている乏しい経験値での高島平でしかないが、小学校の5年生の時に板橋に越して来た。60年が経って感じている事は、人も建物もとても増えたと言う事だ。60年前は、蓮根団地の4階の我が家からでも板橋の花火が見えた。今では考えられない話だ。
高校生の時でもまだ高島平は何もない。高島平一丁目あたりからでも吹上観音まで見渡せた。「秩父は近く、富士遠く、見渡す空に輝くひかり・・・」等々わが母校の校歌の通りに、いつでも富士山が見えた。それがいつしか平坦な所からは富士山は見る事が出来なくなった。高島平団地が建ち、周辺にもマンションに戸建にと乱立気味に立ち並んできた。あれから50年近くが経ち高島平の再生に向けて板橋区が動き始めている。
2019年度内に高島平1丁目から9丁目まで「高島平地域都市再生実施計画」を策定する方向に向いている。平成25年1月に策定された「いたばし未来創造プラン」では、将来像として「訪れたくなる、住みたくなる、働きたくなるまち」「暮らし続けるまち」への転換を揚げていたが、官のみが走り出しては本当に民が望むものと、乖離してしまうだろう。
高島平の戸建にお住まいの方に、「もう少し商店が出来て、買い物にも便利になったら良いと思いませんか」と尋ねたところ、「便利になるのは良いけど騒がしくなるのはちょっと・・・」人それぞれの意見がある。「再生都市高島平」として、どのように生まれ変わるか楽しみにしたい。
渡部
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